お盆の広島は暑い。
「日本はもう亜熱帯だね!」
「冷たいビールが旨いわ!」
ビール好きだった父と同様にビール好きで前向きな弟が言う。
同窓会とお墓参りに帰省したときのことだ。
ついで、祖父に教わった刃物作りや研ぎの話をしながら、竹細工や彫りものや大工仕事と職人さんだったんだろうねって話をした。
木材の艶のある切削や精度の良いほぞ切りには木工工具の仕上げ研ぎがものをいう。
そういう仕上げ研ぎが出来る凄い合砥もいくつか手に入れたし、そのうちの一つは弟に譲った。
子どもの頃の私には使わせてもらえなかった祖父の合砥への憧憬は今でも残るが、現代を生きるエンジニア的には、
「切れ味なんて結局、平面同士を合わせる Ra (Rough Average) の話。母体を壊さず平面研磨が出来れば良いのよ」なんて、うそぶいた。
実は、剃刀や仕上げ鉋のような究極の切れ味には、巨大なカーバイドを含まない高品質な炭素鋼(e.g. 日立金属, 白紙1号)や、 ステンレスならば低炭素・高クロムで炭化物が非常に細かい(e.g. Böhler Uddeholm, AEB-L) のような鋼材であることが必要だ。 ここでいう「究極」とは細胞を壊さずに切ることのできるミクロトームと同等の Ra ≤ 50 nm ほどの鮮鋭度のことである。
炭素鋼の刃物のミクロトームレベルの最終研磨には、アルミナスラリーの Baikalox® 0.05CR Polishing suspension が割と良いが、 刃物研ぎの使い勝手的には、もう一歩っていけそうという感じがある。 平面研ぎのベースに使っているアクリル板と懸濁液と炭素鋼とのマッチングがいまいちに感じられるのである。
帰宅して、 0.05 CR Aluminum powder を分散させるのに良いのは無いかなって思ってたら、 ふと乾燥して使いにくくなってた「消えいろ Pit」が目に止まった。
「あっ、これは PVP(ポリビニルピロリドン)!に pH指示薬(チモールフタレイン入り!」PVP は鎖が極性でかつ親水性、かつ比較的「塩基性/中性の立体分散子」として働きやすく、ブリッジングを起こしにくく、コロイド安定化剤として最適。 また、アルミナは電点がややアルカリ寄り(概ね pH 〜8ー9 のレンジ)で、pH を等電点に近づけると凝集しやすく、中性〜やや酸性(pH 6ー7)で安定になりやすい。
やったとばかりに、消えいろ PIT をアクリルプレートに塗って精製水で約 50 倍希釈して色が消えるまで練り続け、 空気中の二酸化炭素で中性から酸性になったところで、 Ra = 50 nm のアルミナ粉 Baikalox 0.05 CR をスパチュラ 1杯程投入し若干の消毒用エタノールIPを、 消泡と粘度調整のために加え、とろりとした均一なスラリーになるまでひたすら練って、ナノ研磨用スラリーの出来上がり。
こうして出来た研磨用スラリーで横手小刀を研いでみたところ、 出来合いのアルミなスラリーと違ってキシキシせずにぬるぬると、しかししっかりと研磨される感覚がある。
研ぐにつれ刃裏は表面鏡みたいになっていく。消毒用エタノールIPを噴霧して洗浄、キムワイプで拭ったら、 まるで光学迷彩のような朧な見た目となった。汚れのない鏡を写真に写すのは困難である。
一方、刃表は鍛錬の痕跡や軟鉄の組織が見えるような断層観察面みたいになっていた。
試し切りした檜の木口は艷やかに削れている。
消えいろPIT の PVP はファンタジー小説の白魔道士の支援魔法のように、よく Baikalox をサポートしたようだった。
Cross-section of the Hinoki-cypress (8×8 mm)